つばきファクトリー「意識高い乙女のジレンマ」の歌詞がいい理由

つばきファクトリー「意識高い乙女のジレンマ」PVカルチャー
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つばきファクトリー『意識高い乙女のジレンマ』(Camellia Factory [The dilemma of a girl who’s self-aware.])(Promotion Edit)

対句がよくできている

歌詞に詳しくないので、こういうのを対句といっていいのかどうかわかりませんが、1番のサビと2番のサビの対照が見事だと思うんです。

1番のサビ

もしも1つだけ願いが叶うのなら

私をを2人にしてください

1人は映画へ 1人は図書館へ

恋も夢も選べない

意識高い乙女のジレンマ

2番のサビ

もしも1つだけ願いが叶うのなら

人生を2回にしてください

1度は溺れたい 1度は飛びたちたい

恋も夢もゆずれない

意識高い乙女のジレンマ

まず「意識高い乙女のジレンマ」を「映画」と「図書館」で象徴したのも思い切りがいいと思うんですが、それを2番で「溺れたい」と「飛び立ちたい」に展開するのは見事だなあと思うわけです。

で、その対照関係をを中心として、「私をを2人にしてください」「人生を2回にしてください」という導入と、「恋も夢も選べない」「恋も夢もゆずれない」という結論が導かれています。これらも言葉のチョイスとして、これしかないという感じがします。

作詞は西野蒟蒻さんという、なかなかインパクトのある名前の方で、Wikipediaによると2019年にデビューした20代の方です。

定番のテーマだが新鮮

今を生きる若い女性の「ジレンマ」というのは、定番のテーマだといっていいと思います。「意識高い乙女のジレンマ」の少し前にリリースされた、同じハロプロのグループJuice=Juiceの「「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?」も、ざっくりいえば同じテーマです。

前者が「恋」と「夢」のジレンマなら、後者は「強がり」とそれを「隠す弱さ」のジレンマです。対応させるなら「夢」=「強がり」、「恋」=「隠す弱さ」になりますね。

Juice=Juice『「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?』(Promotion Edit)

歌詞における前者と後者のいちばんの違いは語り口で、後者は歌詞をすべて「若い女性の口語」に振り切っています。それに対して前者は、前項で分析したとおりサビでいきなり「韻文」になります。サビまでが後者と同じく「若い女性の口語」なので、これはかなりインパクトがあります。

この違いはそもそもタイトルに端的にあらわれています。「「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?」はタイトル自体が「若い女性の口語」であり、さらにその中にセリフを入れ子にするという狙いに狙ったモノです。一方「意識高い乙女のジレンマ」は、「意識高い」という、ここ10年くらい(?)で一般化した形容詞と、「ジレンマ」という、昔からあるけど最近の若者はあまり使わない、書き言葉的な名詞を組み合わせています。

1周まわって新鮮

個人的な印象ですが、歌謡曲やポップスの歌詞は、90年代に一気に「日常化」したように思います。聴く人たちが普段使う言葉遣いで卑近なテーマを歌うことが主流になったという意味です。それに比べると、80年代の歌詞はもう少し「文学的」だったように思うし、70年代はもっと「劇的」だった気がします。

そうやって振り返ると、「「ひとりで生きられそう」って それってねえ、褒めているの?」の歌詞は、そのタイトルに象徴されるように、明らかに90年代の方向性を極限化したモノだと思います。そういう意味では、「意識高い乙女のジレンマ」のサビ前の歌詞も90年代の延長線上にあると思います。しかし、そのサビの歌詞は明らかに異質です。私にはそれは、アクロバティックな円弧を描いて先祖返りしているようにも聴こえます。

単なる年寄りの懐古趣味かもしれませんが、「意識高い乙女のジレンマ」の歌詞は、私にはとても新鮮に聴こえました。これからもつばきファクトリーと西野蒟蒻さんに注目していきたいと思います。

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