また今年も、四谷学院の「なんで、私が東大に」という黄色い広告が地下鉄にあふれる季節がやってきました。昨日自動改札を通るとき、ICカード読み取りエリアのすぐ前に貼ってあるやつが目に入り、さすがにちょっとウザかったです。
この「なんで、私が東大に」というコピー、使い続けているということは、よほど気に入っているか評判がいいのでしょう。うん、刺さるという意味では、私もスゴいと思います。ということで、今回はなぜこのコピーがスゴいのか考えてみました。
「なんで」がスゴい
「なんで、私が東大に」というコピーのスゴさを端的にいうと、「なんで」という言葉を使ったことに尽きると思います。これが「どうして」だと、まったく違うニュアンスになってしまいます。「どうして、私が東大に」だと、広告のコピーとしてはまったく刺さりません。それだと「合格体験記」のリード文になってしまうからです。
「なんで、私が東大に」というコピーは、「どうして、私が東大に」という昔からありふれた合格体験記リード文の「どうして」を「なんで」に置き換えることで反語的ニュアンスをまとわせることに成功しています。「東大に合格する成績じゃなかったのに合格した」というニュアンスです。それは「ウチに通えば東大に合格する成績じゃない生徒も東大に合格できるかも」という広告メッセージになっています。
次項でもう少し詳しく分析します。
真逆の文の合成
「なんで、私が東大に」というコピーは、以下の2つの文を強引にひとつにしたものだと思います。
- どうして、私が東大に
- なんで、彼(女)が東大に
素直に読めば上の文の「どうして」は理由をきく表現ですが、自分のことですから相手に答えを求めているわけではありません。これは自分語りする際の前置きです。つまり昔から塾や予備校の広告にある合格体験記のリード文です。実際、四谷学院の広告で「なんで、私が東大に」というコピーのあとに続くのは、ピックアップされた受験生の顔写真と、その受験生が語る「四谷学院体験記」です。
下の文の「なんで」は理由を尋ねているのではなく「驚き」を込めた反語です。「彼(女)は東大に合格する成績じゃなかったのに合格した」という意味です。ですからこれを予備校広告のコピーに使えば「うちの予備校に通えば、東大に合格する成績じゃない生徒も東大に合格できるかも」というメッセージになります。
上記2文は視点が間逆です。上は受験生から見た予備校、下は予備校から見た受験生です。「強引にひとつにした」と書いたのは、この真逆の視点をひとつの短いコピーにしているからです。まるでピカソのようなテクニックです。それが可能だったのは、「なんで」と「どうして」が日常的に同じ言葉として使われているからです。
上の文「どうして、私が東大に」は、素直に読めば反語として取ることはできません。しかし「どうして」を「なんで」に置き換えることで下の文への連想が働き、反語的なニュアンスが出てきます。それで「東大に合格できるような成績じゃなかった私が、この予備校に通うことで東大に合格しちゃってビックリ!」というメッセージを見る人に発するわけです。
ちょっと考えれば、東大合格者が自分の東大合格を反語的に驚くわけがないのですが、「なんで」というマジックワードがそう読ませるのです。その結果「この予備校に通えば、東大に合格する成績じゃない生徒も私のように東大に合格できるかも」という広告メッセージになるわけです。
混ぜるな危険
ただこの「視点のマゼマゼ」は個人的に気になるというか、ちょっとイラっとするんですよね。受験生が「私はこの予備校のおかげで合格できました」というのはまったく問題ないんですが、予備校の「ウチに通えば点数上がって合格できるかも」という宣伝を、ぜんぶ受験生の「私」視点でやっちゃうのはどうなんですかね。
つまり、ユーザーである受験生に宣伝を丸投げするのはどうなのかということです。ユーザーの体験談を広告に使うのは普通のことですが、広告をそれだけで完結させるのはちょっとズルいというか、なんというか。受験生はタレントじゃありませんし、ましてや未成年ですし。
たとえば、投資関連で「なんで、私が金持ちに」とか、健康食品で「なんで、私が健康に」とかのコピーでユーザーを使った広告を作ったらどうなるでしょう。かなり胡散臭いですよね。少し前に話題になったライザップのテレビCMはユーザーが主役でしたが、「結果にコミットする」というコピーは企業側が主語でした。
未成年のユーザーの顔写真の横に「なんで、私が〇〇に」というコピーを配した広告が成立する業界は、他にあまりないような気がします。
予備校に限らず、大学も広告に学生を使うのが大好きですよね。でも宣伝なんだから、出すんだったら先生だと思うんですよ。絵面的に若い人がいいというのはわかりますが、教育サービスの売り物は授業で、「結果にコミット」するのは先生です。そう考えると、林先生というスターを生んだ東進のCMは改めて素晴らしいと思えます。
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